「祇園女御」

瀬戸内晴美(寂聴)


文庫にして7〜800頁の長編小説である。

でも、物語のたぐいまれなおもしろさに、一気に読み終えてしまい、そして、読み終わった時の、

なんともいえない、虚脱感・・・ こんな小説は、私にとっては初めてだった。

ここに登場する女達のあまりにも数奇な運命の数々、それが重なっては離れていく。 男達の手によって・・・

瀬戸内晴美さんの歴史小説の中で、和泉式部の「煩悩夢幻」、後深草院二条の 「中世炎上」と共に

私が深く影響を受けた作品のひとつとなっている。

*

題名の「祇園女御」とは、平安末期、白河上皇の寵愛を受けた女性である。

それでいて、素性はまったくわかってはいない。

当時から並々ならぬご寵愛に敬意を表して、上皇が祇園に住まわせていることから、

人々は、「祇園女御」と呼んでいたのである。

この寵愛の女御を上皇は、昇殿が許されたばかりの新興「武士貴族」平忠盛にくれてしまう。

その時、女御は上皇の子供を身ごもっていて、男だったら忠盛の嫡子として、女だったら上皇の娘として

育てよと言ったが、男だったので、忠盛の嫡子として、育てられるのである。

この子供こそ、平清盛である と、平家物語で語られているが真意はわからず、

清盛は祇園女御の妹の子供とも、女御に使えた女房の子供ともいわれている。

とにかく、この祇園女御の数奇な一生の物語である・・・とは、単純にいえないところが、

さすがは、古典と歴史を知り尽くした瀬戸内晴美さんの文学である。

祇園女御が登場するのは物語も後半である。いや、祇園女御となる女はずっと前から登場しているのではある。

祇園女御は女主人公のはずが、完璧な女主人公ではないところに、この小説のおもしろさはあると、私は考えた。

男主人公ともいえるべき人物は、白河上皇である。白河上皇の崩御の報せでもって、この長い長い長編は終っている。

女主人公はこの上皇をめぐる女性達であり、この物語の「道子」であり、「たまき」である。

*

道子の父は藤原道長の孫にあたりその家柄から、道子も生まれた時から宮中にあげるべく大切に育てられた。

が、ようやく道子が、まだ東宮(のちの白河上皇)のもとへ嫁ぐのは、道子28歳、東宮17歳であった。

東宮は年より大人びていられ、道子の入内に秘められた臣下の野望はよくわかっていた。

道子もまた、自分の立場を冷ややかにみていた、もう、自分は、人を想う苦しさもせつなさも知っているのだからと。

ちょうど今の東宮の御年の頃、道子は密かに、侍女あかねの手引きで父の従弟にあたる祐家と恋をしていた。

気丈な道子は実際は身を許すことはなかったのだが、それがばれると、まもなく、あかねはお屋敷を追われる。

そして、祐家のもとへ身をよせるのだが、やがて、妹のようにも思っていたなつのに祐家の愛は移る。

なつのに娘が産まれると、あかねは嫉妬のあまり、娘を盗み、竹薮に捨ててしまう。

そこを強盗にみつかり、あかねは襲われて意識を失う。

目が覚めた時、弥平太という強盗のひとりに助けられていて、そのまま弥平太と暮らすことになる。

ある日、偶然見かけたたまきと呼ばれる傀儡子の中のかわいらしい女の子を、自分が捨てた祐家の娘だと知り、

弥平太にたまきが欲しいとけしかけ、 それにのった弥平太が命懸けでたまきを盗み、まもなく弥平太は息をひきとる。

そして、たまきは傀儡子に連れ戻され、あかねもまた、傀儡子の首領の鷲丸の女となる。

ある日、鷲丸ひきいる傀儡子は、里に下がった道子と東宮に招かれた。可憐なたまきに人々はすっかり魅了される。

道子はたまきを引き取りたいと願ったが、鷲丸はことわるが、

「東宮とたまきの運命は結びついた、いずれたまきは東宮に戻る」と予言する。

道子はいつしか、東宮にひかれていく。だが、東宮は道子には尊敬の念しか持てず、新しい后賢子を寵愛する。

鷲丸の方は、伊勢平氏、正盛と結びつき、最愛のあかねと、たまきを正盛に託す。

まもなく東宮は帝にたつと、道子も承香殿の女御と呼ばれるようになり、一時帝の寵をとりもどし、姫を産む。

だが、帝はまったく関心がなく、賢子亡き後、帝位を皇子堀河帝に譲りその後上皇として院政をはじめる。

白河帝は父、後三条天皇の遺言で後を弟の三の宮に譲るというのを無視したのである。

あかねの方は正盛から上皇に差し出され、さらに上皇は三の宮へ送り込み、あかねは三の宮を愛するようになる。

道子の産んだ内親王が伊勢の斎宮になると、鷲丸は、道子に近づく。ある日、堀河帝の後宮に入れられるはずだった

たまきを盗み、道子にかくまってもらう。道子の元で、たまきの三の宮への恋慕を知ると、鷲丸はたまきを

三の宮の所へ送り込み、三の宮の寵愛を受けるようになる。

あかねは三の宮のもとを黙って去り、かつての傀儡子猪平とゆりの元へ身をよせる。猪平とゆりにとってあかねは

恩人でもあったが、あかねは、まもなく息をひきとる。

たまきは、上皇に連れ戻される。上皇の寵愛厚く、人々からも尊重されるが、たまきは上皇を三の宮恋しさに拒み続ける。

が、たまきは、三の宮の命を守るための人質のようなものだった。たまきには上皇の側で生きるしか道はなかった。

ある日、たまきは、猪平とゆりに偶然会い、あかねの死を悼む。そして、猪平とゆりの娘ちどりを引き取る。

ちどりもやがて上皇の寵愛を受け、身ごもることとなるが、正盛の子、忠盛と相思相愛だったことより、忠盛に嫁ぎ、

清盛を産むが、まもなく病死する。今は祇園女御と呼ばれるたまきが清盛の後見役となる。

鷲丸の計らいで、道子はたまきと会う。そして、鷲丸の持っていた守り袋よりたまきの出生の秘密が明かされる。

たまきはまぎれもない、祐家の娘であった。祐家の名に、道子も少女時代の淡い想い出がよみがえってくる。

たまきも、自分の数奇な運命を思い、道子を慕いながらも、祇園に帰っていく。

道子にとって、今の願いは、本を残すことにあった。鷲丸は道子の為に、すぐれた紙を作らせる。

道子はその紙に日記と、三十六歌人集を書き写す。三十六歌人集の方は上皇に届ける最後の贈り物にしよう。

そして、頭をまるめ世を捨て、鷲丸ひとりをつれ、山にこもって静かに暮らそう、そう決めていたその時、

祇園女御の使いの言葉を、鷲丸によって、聞かされる。「法皇が、突然、今日みまかられました」と。

*

これだけ数奇な運命を演出した瀬戸内晴美さんは、この言葉でもって、筆を置いてしまった。

女主人公達の哀しみも栄華も、男主人公の死でもって終ってしまった。

せめてあと一日、道子なりに精一杯愛した証が上皇に伝わるまで生かして欲しかった。

道子の小さな「野心」までも、作者は許してはくれなかったのである。

そこに、私は、この作品に描かれた、男達によって作られた女達の宿命というものを感じたのである。

宮中の帝位争いという高貴な身分社会を描きながら、傀儡子という庶民より底辺の人物がからんでいる。

そして、次世代を担う平氏一族の新興勢力までも登場する。

結局女達の生き方は身分によってではなく、男達によってであったのだと思った。

***

傀儡子(くぐつ)とは

平安時代の芸能。歌に合わせてあやつり人形を舞わせた。その人形や、あやつる人をさす。 この小説に描かれている傀儡子は、旅をして回り、小屋をたて、踊りや、人形使いや歌などで客寄せをしているが その一方、女達は客をとり身を売っていたとされる。


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