七夕恋歌

年々、七夕に歌をよみてまゐらせしを、思ひ出づるばかり、せうせうこれも書きつく。


七夕・・・牽牛星と織女星が一年に一度逢うという星合の物語。
おそらく、右京大夫も小さい頃は恋物語に憧れ、
そして、自らも恋人ができてからは自分の境遇を重ねてみたことだろう。
しかし、右京大夫にとって七夕は、逢う日ではなく、永遠の別れの日となる。
寿永ニ年、七月・・・平家一門は都を逃れて西へとむかっていった。

彦星の ゆきあひの空を ながめても まつこともなき われぞかなしき 〔281〕

右京大夫の心はこの歌に尽きるのではないかと思う。
愛する人を永遠に失ってしまった右京大夫にとっては、年に一度の逢瀬を約束された二星が
とてもうらやましく思えたのである。
七夕の日に、思いを込めて詠んだ歌を集めてみると、実に、50首にもなっていた。。。
「建礼門院右京大夫集」には、下巻の後半の方に、まとめて残されている。


七夕の けふやうれしさ つつむらむ あすの袖こそ かねてしらるれ〔271〕

七夕の今日、牽牛星と織女星は、一年に一度の逢瀬のうれしさを袖に包んでいることでしょうけれど、 明日にはその袖も、別れの涙でぬれてしまうこともちゃんとわかっているのです。
鐘の音も 八声の鳥も 心あらば こよひばかりは 物忘れなれ〔272〕
夜明けを告げる鐘の音も、しきりに泣いている鶏も、情けがあるならば、一年に一度の 逢瀬をむかえる今宵だけは、朝がくるのを忘れてください。
契りける ゆゑは知らねど 七夕の 年にひと夜ぞ なほもどかしき 〔273〕
どうしてこのような約束をしたのかわかりませんが、牽牛星と織女星が一年に一夜かぎりの 逢瀬を約束したのは、やはりじれったいことでございます。
声のあやは 音ばかりして 機織(はたおり)の 露のぬきをや 星にかすらむ 〔274〕
きりぎりすの声は機を織っているようですが音ばかりです。織物の横糸を織女星に かしてしまったのでしょうか。
さまざまに 思ひやりつつ よそながら ながめかねぬる 星合の空 〔275〕
さまざまに思いながら、遠く牽牛星と織女星の逢う星空を、ぼんやりとながめています。
天の河 こぎはなれゆく 舟の中の あかぬ涙の 色をしぞ思ふ 〔276〕
天の川を舟をこいで離れ離れになっていく牽牛星と織女星のなごりつきない別れの涙の色は どのようでしょうかとしみじみ思われます。
きかばやな ふたつの星の ものがたり たらひの水に うつらましかば 〔277〕
ぜひ聞きたいものです。牽牛星と織女星のお話を。もしも、たらいの水にこの ふたつの星がうつったならば・・・
世々ふとも たえん物かは 七夕に あさひく糸の ながき契りは 〔278〕
時がたっていこうとも、絶えることがないしょう。七夕に供える麻糸が長いように、牽牛織女の 長い契りは。
おしなべて 草村ごとに 置く露の いもの葉しもの けふにあふらむ 〔279〕
すべての草むらという草むらについている露。その中でいもの葉につく露が今日、織女星の ためにお供えされることとなりました。
人かずに けふはかさまし からごろも 涙にくちぬ 袂なりせば 〔280〕
人並みに織女星に衣をお貸しすることができたでしょう。もしも、わたくしの袖が 涙で朽ちてしまっていなかったのならば。
彦星の ゆきあひの空を ながめても まつこともなき われぞかなしき 〔281〕
牽牛星と織女星が出会う空をながめると、あの方の訪れを待っても仕方がない 我が身がとても悲しく思われます。
年をまたぬ 袖だにぬれし しののめに 思ひこそやれ 天の羽衣 〔282〕
次の逢瀬まで一年も待つ必要のなかったわたくしでさえ、あの方との有り明けの別れに涙で袖を濡らしたことです。 一年も待たねば逢えない織女星は、どんなにか涙で袖を濡らしていることでしょう。
あはれとや 思ひもすると 七夕に 身のなげきをも うれへつるかな 〔283〕
かわいそうだと思ってくれるかもしれないと、織女星に向かって、わたくしの悲しみを 嘆き訴えてみたものです。
七夕の 岩の枕は こよひこそ 涙かからぬ たえまなるらめ 〔284〕
織女星の岩の枕はいつもは涙で濡れているけれど、一年に一度の逢瀬である今宵は 悲しみの涙がかかることがないでしょう。
いくたびか ゆきかへるらむ 七夕の くれいそぐまの 心づかひは 〔285〕
いくども同じ所を行ったり来たりしていることでしょう。七夕の日暮れを待っている 心配なお気持ちは。
彦星の あひみるけふは なにゆゑに 鳥のわたらぬ 水むすぶらむ 〔286〕
彦星と織女星が逢うという今日は、どうして、鳥がわたる(天の河に 橋をかける)前に、(二つの星を映すための)盥に水をくむのでしょうか。
あはれとや 七夕つめも 思ふらむ あふせもまたぬ 身の契りをば 〔287〕
あはれであると織女星も思うでしょう。逢う瀬を待つことのない、 わたくしの宿縁を。
七夕に けふやかすらん 野辺ごとに 乱れ織るなる虫のころもゝ 〔288〕
織女星に今日は貸すことでしょう。どこの野辺にも乱れて衣を織るという 機織り虫の衣も。
いとふらむ 心もしらず 七夕に 涙の袖を 人なみにかす 〔289〕
嫌がるだろう心も知らずに織女星に、わたくしの涙でぬれた袖を 世間の人のようにお貸しいたします。
何事を まづかたるらむ 彦星の 天の河原に 岩枕して 〔290〕
彦星は最初に何を語るのでしょうか。天の河原の岩枕の共寝で。
七夕の あかぬわかれの 涙にや 雲のころもの 露かさぬらん 〔291〕
織女星の名残り惜しい別れの涙で雲の衣も露っぽいのでしょう。
なに事も かはりはてぬる 世の中に 契りたがはぬ 星合の空 〔292〕
何事もかわりはててゆく世の中にあって、年に一度、彦星と織女星 が会う空という逢瀬の約束だけは、かわることがありません。
けふくれば 草葉にかくる 糸よりも ながき契りは たえん物かは 〔293〕
七夕の今日の日がくると、草葉に糸をかけますが、それよりも長いという宿縁は 耐える事がないでしょう。
心とぞ まれに契りし 中なれば うらみもせじな あはぬたえまを 〔294〕
自分たちの心から年に一度の逢瀬を約束したの仲なのだから、うらむことなんて ないでしょう、逢う事のない長い間を。
あはれとも かつはみよとて 七夕に 涙さながら ぬぎてかしつる 〔295〕
あわれと、一方では見て欲しいと思って、織女星に涙でぬれたままの衣を ぬいでお供えしたことです。
天の河 けふのあふせは よそなれど 暮れゆく空を なほもまつかな 〔296〕
天の河の今宵の逢瀬はわたくしとは関係のないことであるけれど、やはり空が暮れていくのを 待ってしまうものです。
浦やまし 恋に堪へたる 星なれや としにー夜と 契る心は  〔297〕
うらやましいことです。恋する気持ちをおさえられる星ですこと。年に一度の 逢瀬をと約束したお心が。
あひにあひて まだむつごとも つきじ夜に うたてあけゆく 天の戸ぞうき 〔298〕
ようやく逢う事ができてまだ睦言もつきない夜に情けなくも天の岩戸が開いて 夜が明けていくのはつらいことです。
うちはらふ 袖や露けき いはまくら 苔のちりのみ ふかくつもりて 〔299〕
一年ぶりの逢瀬のために岩枕の塵をはらってみると織女星の袖は涙で露のようになることでしょう。 彦星の訪れてくるまでは枕の塵を払わずにいたので、苔の塵が深く積もっています。
くもるさへ うれしかるらん 彦星の 心のうちを 思ひこそやれ 〔300〕
空が曇るのを日暮れが近いと思いうれしいことでしょう。そんな彦星の 心を思っております。
よひのまに 入りにし月の 影までも あかぬ心や ふかきたなばた 〔301〕
宵のうちに隠れてしまった月の光までも七夕の星はあきたらなく思っている ことでしょう。
七夕の 契りなげきし 身のはては あふせをよそに きゝわたりつゝ 〔302〕
一年に一度しか逢えない七夕の日の約束を昔はかわいそうと思っていたけれど、 今のわたくしは、愛しい人との逢瀬とは関係のない身、よそごとだと聞いております。
ながむれば 心もつきて 星合の 空にみちぬる 我が思ひかな 〔303〕
ぼんやりと空をながめていると、心も消え失せ、二星の逢う空が、 わたくしの思いでいっぱいになっています。
露けさは 秋の野辺にも まさるらし たちわかれゆく 天の羽衣 〔304〕
露っぽくなっているさまは秋の野原にもまさっています。別れ去りゆく 織女星の涙にぬれた羽衣は。
彦星の 思ふ心は 夜ぶかくて いかにあけぬる 天の戸ならむ 〔305〕
彦星は心に思っていることです。まだ夜も深いというのにどうして 天の戸が開いて夜が明けてしまったのだろうかと。
七夕の あひみるよひの 秋風に 物思ふ袖の 露はらはなん 〔306〕
七夕の二星の逢う宵の秋風でわたくしの、物思いの涙でぬれたわたくしの袖の露も はらってほしいものです。
秋ごとに わかれしころと 思ひいづる 心のうちを 星はみるらん 〔307〕
秋が来ると、(あの人が西へと落ちていった)別れた頃を思い出しているわたくしの 心の内を、星もあわれとみていてくれるでしょう。
七夕に 心はかして なげくとも かゝる思ひを えしもかたらぬ 〔308〕
七夕に心をかよわせてなげいてみても、このような思いを口にして語ることはできません。
世の中は 見しにもあらず なりぬるに おもがはりせぬ 星合の空 〔309〕
世の中は以前とすっかりかわっていくのに、変わらないのは七夕の逢瀬の空です。
かさねても なほや露けき ほどもなく 袖わかるべき 天の羽衣 〔310〕
袖を重ねていてもやはり涙の露でぬれていることでしょう。まもなく離れ離れ になる織女星の羽衣は。
思ふこと かけどつきせぬ 梶の葉に けふにあひぬる ゆゑをしらばや 〔311〕
思う事を、七枚の梶の葉に書いても書いてもつきません。七夕の今日にめぐりあった故を 知りたいものです。
よしかさじ かゝるうき身の 衣手は たなばたつめに いまれもぞする  〔312〕
しかたがありません。このようなつらい我が身の衣を織女星にお貸しいたしません。 縁起が悪いと思われることでしょうから。
かたばかり かきてたむくる うたかたを ふたつの星の いかゞみるらむ 〔313〕
このような歌ばかり書いて手向けにしているはかない我が身を牽牛星と織女星は どのように思っておられることでしょう。
なにとなく 夜半のあはれに 袖ぬれて ながめぞかぬる 星合の空 〔314〕
わけもなく、夜半のしみじみとしたあわれに涙で袖もぬれ、ぼんやりと眺めているのもつらい 七夕の空よ。
えぞしらぬ しのぶゆゑなき 彦星の まれに契りて なげくこゝろを 〔315〕
わたくしにはわかりません。忍ぶ理由もない牽牛星が年に一度の契りと決めて、 それ故なげき悲しむお心のうちが。
なげきても あふせをたのむ 天の河 このわたりこそ かなしかりけれ 〔316〕
嘆いたとしても、織女星は天の河に逢う瀬を頼みにすることができる。 わたくしとあの人との渡りは逢う事がないのが悲しいです。
かけつけば なほもつゝまし 思ひなげく 心のうちを 星よしらなん 〔317〕
書きつけたならばやはり気後れがいたします。思い嘆くわたくしの 気持ちを七夕の星よ、悟ってください。
引く糸の たゞ一筋に 恋ひこひて こよひあふせも うらやまれつゝ 〔318〕
引く糸(笹竹に引いた五色の願い糸)のように一筋に恋いして今宵逢うということも うらやましいことである。
たぐひなき なげきにしづむ 人ぞとて このことの葉を 星やいとはん 〔319〕
他に例のないほどの悲嘆に沈んでいるわたくしの歌なんて、七夕の星も 厭わしく思うことだろうか。
よしやまた なぐさめかはせ 七夕よ かゝる思ひに まよふこゝろを 〔320〕
どうなろうとも今年もまた七夕をむかえました。七夕の星よなぐさめあってください、 この思い迷う心を。

このたびばかりのみと思ひても、又数つもれば、

七夕をむかえるのは(毎年)これが最後と思っても、又、歌の数がたまったので

いつまでか 七つのうたを かきつけん しらばやつげよ 天の彦星 〔321〕

いったいいつまでわたしは七夕に七首の歌をかきつけるのでしょうか。 知っていたら教えてください。天の彦星よ。

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