歌の訳
春の花 秋の月夜を おなじをり 見るここちする 雲のうへかな 〔3〕
春に咲く可憐な花、秋の夜空に輝く月を、まるで同時に見ているようでございます。
中宮様と女御様のいらっしゃいますこの宮中は。
なかなかに 花の姿は よそに見て あふひとまでは かけじとぞ思ふ 〔7〕
美しい花というものはかえって遠くから、眺めているのがよいものでございます。お美しく
立派な源氏の君のようなあの君の思われ人になろうとは、もったいないことでございます。
さそはれぬ 憂さも忘れて ひと枝の 花にそみつる 雲のうへ人 〔9〕
さそってはいただけなかったつらさも忘れて、立派な桜の花の一枝に見とれていらっしゃいますよ、
中宮様をはじめ、宮中の人々は。
雲のうへに 色そへよとて 一枝を 折りつる花の かひもあるかな 〔10〕
中宮様の美しさにされに花を添えたいと思って一枝をお贈りいたしましたが贈ったかいがありました。
もろともに 尋ねてをみよ 一枝の 花に心の げにもうつらば 〔11〕
今度はぜひわたしと一緒に、花をお訪ねいたしましょう。そんなにも花の美しさに魅せられてしまったのなら。
夕日うつる こずゑの色の しぐるるに 心もやがて かきくらすかな 〔61〕
夕日の色がだんだん暮れていきこずえに時雨が降りかかっていくように、わたくしの心もそのままくもっていくのです。
ものおもへば 心のはるも しらぬ身に なにうぐひすの 告げにきつらむ 〔67〕
物思いにふけってばかりで心の晴れることを知らないわたくしに、いったい春をつげるうぐいすは、何を知らせに来たのでしょうか。
とにかくに 心をさらず おもふことも さてもとおもへば さらにこそおもへ 〔68〕
とにもかくにも、心から消せない物思い・・・あの人への思いをたちきろうと思うとますます思いが募るばかりです。
浦みても かひしなければ 住の江に おふてふ草を たづねてぞみる 〔76〕
つれないあなたをうらんだところでどうにもなるまい、それならばと、住吉の海に生きているという忘れ草をたずねてみました。あなたを忘れたくて。
住の江の 草をば人の 心にて われぞかひなき 身をうらみぬる 〔77〕
住の江の岸にはえている忘れ草はあなたのお心ではございませんか。わたくしの方こそ思ってもしかたのないことと我が身をうらんでいます。
身のうへを げにしらでこそ あさがほの 花をほどなき ものといひけめ 〔115〕
わたくし自身におこることなどほんとうにわからなかったからこそ朝顔の花の命のはかなさをあわれなどと思っていられたのでしょう。
雲のよそに きくぞかなしき 昔ならば たちまじらまし 春のみやこを 〔125〕
宮中のお祝い事を宮中の外で聞くことになるなんてとても悲しいことです。昔のように宮仕えしていたら、今ごろ春の訪れの
ようなよろこびに満ちた中宮様のおそばで人々にまじっておつかえしていることでしょうに。
浦やまし いかなる風の なさけにて たく藻のけぶり うち靡きけむ 〔139〕
うらやましいことです。いったいどのような風がふいたというのでしょうね。あなたがなびいてしまうとは。
消えぬべき けぶりの末は 浦風に 靡きもせずて ただよふものを 〔140〕
今にも消えてしまいそうなけむりは風になびくことなくさまよってるだけ。わたくしの心もためらっております。
越えぬれば くやしかりける 逢坂を なにゆゑにかは 踏みはじめけむ 〔145〕
逢坂の関をこえると悔いるだけなのに、どうして、わたくしはこえてしまったのでしょう。
(契りを結んでしまったのでしょう。)
あはれてふ 人もなき世に 残りゐて いかになるべき 我が身なるらむ 〔201〕
わたくしのことをあわれと気にかけてくださった母上も、わたくしひとり残してこの世を去ってしまった。これからわたくしは
どうなるのでしょう。
かげならべ 照る日のひかり かくれつつ ひとりや月の かき曇るらむ 〔203〕
日と月が光かがやくように、宮中で輝いていらしゃった院と中宮様。院がお亡くなりになって
残された中宮様はどんなに悲しみ沈んでいることでしょう。
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