建礼門院右京大夫が語る


平維盛さま・・・時の人、清盛さまの長男重盛さまの長男、そう、平氏の嫡流にあたる方。

わたくしのお仕えしている中宮徳子さまの甥であり、中宮権亮という要職についているので、 絶えず中宮さまの藤壷に

おいでになるので、わたくしも、お会いする機会が多かったのです。

平家の方々はどの方もすぐれた方ばかりですが、中でも、維盛さまの際立った美しい容貌は、 昔も今もたとえようのない

ほどでした。

常日頃からこのようでしたから、何か特別な行事の時に、維盛さまを誉めない人はいません。

特に、後白河法皇さまの五十の御賀では、平家一門を中心として舞が行われたのですが、 中でも、維盛さまが青海波を

舞われた様子は、物語の光源氏の君もこうであったろうと思われました。

花の美しさも圧倒されてしまうほどに美しく、わたくしたち女房の誰もが、かの君に憧れていたのです。

維盛さまを誉めるのは、わたくしたち女房ばかりではありません。

あれは、ちょうど賀茂祭りの頃のことでした。

頭中将実宗さまと藤壷で、話をしていたのですが、維盛さまが通りすぎたのを実宗さまが 呼び止めて、

「近いうちに、どこでもいいのだが、のんびりと遊びに行こうと思っている。その時は、 あなたをお誘いいたしましょう」

と約束なさいました。

維盛さまは、すぐにその場を去られましたが、少し離れて、お姿全体を見通せる所に立っていらっしゃい ました。

維盛さまは二藍の色の濃い直衣、指貫、若楓の衣、その頃は単を着るのはあたりまえの衣装ですが、 紅の色が

特別美しく映えてみえて、警護をなさる様は、ほんとうに絵物語に描かれているように 美しいものでした。

実宗さまは、そのご様子をご覧になると、

「あの人のような美しい容姿の持ち主だと我が身を思ったなら、どんなにか命も惜しくて、かえって よくないことだ」

とおっしゃって、

うらやまし 見と見る人の いかばかり なべてあふひを 心かくらむ

うらやましいことである。あの人を見る人すべてが どんなにか(葵の日の)逢う日を 願っていることだろう

と詠まれ、

「今のあなたのお心の中も、そう思っていることでしょう」

とおっしゃいましたので、わたくしは、物のすみに歌を書いて渡しました。

なかなかに 花の姿は よそに見て あふひとまでは かけじとぞ思ふ

花のように美しい姿はよそから眺めるだけにして、かえって、逢う人とまでは願わないことにしております
すると、実宗さまは「最初から思いあきらめているのは、深く思っているからでしょう。心は潔白では ないでしょう」と

お笑いになったのも、 なるほどそうかもしれないとおもしろく思われました。

実宗さまといえば、按察大納言と呼ばれた西園寺公通さまの嫡男であり、当代一の琵琶の名手との誉れ高き 殿御。

そのような方にまで憧れられる維盛さまのご容貌はどんなに美しいことか・・・

忘れられないこんなこともございました。

中宮さまが清盛さまの西八条の里邸へと下がっていた時のこと、中宮のご兄弟、甥達が常に 2、3人はおそばに

控えていたのですが、桜の花の盛りのこの月夜の明るさに「このまま明かしてよいだろうか」と いって、

維盛さまは朗詠されたり、得意の笛を吹いたりされておりました。

そして、経正さまが得意の琵琶を弾き、御簾の中でも女房達が琴を合わせているところへ、 内裏より隆房さまが

帝のお文をもっていらっしゃったので、そのまま遊びの中に加わりました。

昔語りや今のお話がはずみ、朝方まで眺めていたのですが、散った花も散らない花も同じように美しく 月も花の色に

かすみだんだん白くなってくる様子はいつものことながらなんとも言えず情趣深いものに ございました。

隆房さまは中宮さまのお返事を持って内裏へ戻ろうとなさいましたが、「このままお帰しするには」と 思って、

思わず扇の端を折って歌を書いて送りました。

かくまでの なさけつくさで おほかたに 花と月とを ただ見ましだに

これほどの情趣がなくながめる花と月でも趣深いものなのに、まして、今夜のことはいっそう心に残ることでございます
隆房さまは恥ずかしくなるくらいこの歌を詠み上げて、「この場にいる人はみな、何でもいいから書きなさい」

と硯をかりて扇に書きはじめました。

かたがたに わすらるまじき こよひをば たれも心に とどめておもへ

いろいろと忘れることのできないだろう今宵のことを誰もが心に留めて思いなさい
維盛さまは、「歌を詠めないわたしのような者はどうしたらいいか」とおっしゃったけれど、 どうしても詠みなさいといわれ、

心とむな 思ひいでそと いはむだに こよひをいかが やすく忘れむ

心に留めるな、思い出すなといわれたとしても、どうして、今宵のことをたやすく忘れる事ができるでしょうか
と詠まれました。

笛の名手であった維盛さまも、歌の方はご自分ではあまり得意ではなかったようです。

わたくしが、維盛さまを慕わしく思うのには、特別な思いがありました。

それは、わたくしが密かに心通わしているあの人の、兄君にあたられる方だからです。

むこうもわたくし達のことをご存知で、

「資盛とわたしは兄弟なんだから、わたしのことも 同じように思ってくださいよ」

とたわむれにおっしゃったので、

「そう思っております」と答えると、

「ほんとうにそう思ってくれているのでしょうか」

とおっしゃったものでした。

維盛さまも、中宮付きのある上臈女房と偲び逢う間柄だったようですが、詳しくはわからないものの、 女房の方は

たいそう物思いをされているようでしたので、わたくしの想う人の兄君という気安さから、 探りの歌を送ってみました。

よそにても 契あはれに みる人を つらきめみせば いかにうからん

よそながら深き宿縁だと思われるあの人をつらい目にあわせたなら、どんなに悲しい事でしょう
たちかへる なごりこそとは いはずとも 枕もいかに 君を待つらむ
お帰りになる名残は惜しいとはいいませんが、枕もどんなにあなたを待っている事でしょう
おきてゆく 人のなごりや をし明けの 月かげしろし 道芝の露
あの人を置いて起きてゆくあなたの名残を惜しむのでしょうか。あの人の涙のように夜明けの月明かりに 白く照らされた道芝の露は。
すると、維盛さまは、「よけいなことをなさるものですね。わたしのように 歌が不得手の者には返す言葉もありませんよ」

とおっしゃいましたが、ちゃんと3首返してくれました。

わがおもひ 人のこころを おしはかり なにとさまざま 君なげくらむ

あなたは自分でいろいろと思いめぐらせ、あの人の心をを勝手におしはかって、なんてさまざまに嘆いていることでしょう
枕にも 人にもこころ おもひつけ なごりよ何と 君ぞいひなす
枕にもあの人にもあなたは自分の心をおしつけて、名残だの何だのありもしないことをいうことですね
あけがたの 月をたもとに やどしつつ かへさの袖は 我ぞつゆけき
夜明けの月を袂に宿しながら帰るわたしの袖の方が、後に残った人よりもよっぽど涙の露にぬれていることですよ
この頃のわたくしたちは、中宮さまをとりまく美しくもご立派な平家一門の公達によって飾られた この宮中が末久しく

栄えるものと信じて疑うことを知りませんでした。

まもなくやってきた寿永元暦の頃の世の騒ぎをは、夢とも幻とも哀れとも、言葉では言い尽くせないもので、

宮中の栄華をわがものと生きてきた方々がこの都を追われ、西国へと落ちて行かれようとは 想像もできないことでした。

わたくしの愛する資盛さまも平家一門の身、維盛さま達と共に都落ちなさったのでした。

都にいて、かつて宮中でお会いしていた若い方々の 戦死や、生け捕りという恐ろしい噂を聞くたびに、資盛さまの身が

案じられておりました。

そんな折に飛び込んできた「維盛三位中将、熊野にて入水」の報せは、わたくしにとって悲しいとも なんとも言いようの

ないものでした。

春の花の 色によそへし おもかげの むなしき浪の したにくちぬる

春の桜の花の色にもたとえられた美しい面影が、むなしくも波の下にくちてしまったことです
かなしくも かかるうきめを み熊野の 浦わの浪に 身をしづめける
悲しくもこんなにつらい目にあって熊野の浦に我が身を沈められたという維盛様・・・



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