第ニ章 右京大夫の生涯


一、上巻にみる二つの恋 

 次に、『右京大夫集』を読みすすめながら右京大夫の人生について考えてみたいと思う。『右京大夫集』の 記事の史実や年代など、はっきりとしていない部分もかなりあるが、右京大夫の内面的なものは真実であるから、 ここでは内面的なものを探ることを中心としたい。そうすることによって、右京大夫の行き方というものがはっきりしてくると 思われるからである。
 序文に続き、宮廷の様子が描かれている。右京大夫は、高倉天皇の中宮徳子に仕えた。ちょうど平家の全盛期で、 親ゆずりの才にたけた右京大夫は、平家の公達をはじめとする貴族たちに囲まれ、中宮女房として華やいだ生活を送っていた。 しかし、「なべての人のやうにはあらじ(61番詞書)」という意志をもって、たわむれな恋はせずにいた。 資盛との恋愛関係に至るまでの歌のやりとりさえみられない。つまり、「とりわきてとかくいひし(61番詞書)」部分が 書かれていないのである。
 殿上人達がお花見に出かけ、その土産に美しい桜の花を一枝、中宮に献上したことがある。そのお礼として 中宮の仰せにより右京大夫がお礼の歌を詠んだ。その返事に資盛から送られた歌として、

一一、もろともにたづねてをみよ一枝の 花にこころのげにもうつらば

というのがある。「うつらば」という仮定法と「たづねてをみよ」という命令法が倒置されていることにより 、誘いの口調が強引で積極的になる。これは誘いの歌であるから、恋慕の情ととることもできる。しかし、 この歌に対する右京大夫に返事はないし、(少なくても、『右京大夫集』には出ていない)返歌は資盛だけではなく 藤原隆房からももらい、並べて記されている。そして、この歌には、「資盛少将」と名前が明記されている。 右京大夫は、平資盛―その人の名をここ以外の箇所で記すことはなかった。「さめやらぬ夢と思ふ人」「物 思はせし人」「わが物申す人」などと、いつでもおぼろげに書いているのである。だから、この歌はあくまで、 中宮へ贈られた桜の花をめぐる贈答歌という公的な歌であろう。おそらく、中宮の仰せによりその場で歌を詠み そして、いただいた返歌も中宮にお見せになった。おっとりとしたお優しい性格の中宮も、この資盛の積極的な歌に 微笑まれたのではないだろうか。
 歌の前に詠み人の名を記すという書かれ方をしているのはここの箇所だけである。このことにも、特別な 意図があるように思われる。貴族の典型のようなソフトな藤原隆房と、武士の血を引く公達資盛と が対比された書き方である。 資盛との贈答歌はあくまで公的なものであったが、右京大夫にとっては 忘れられないこととなった。想像にすぎないが、右京大夫は公的にも私的にも初めて歌を交わした。 そして、資盛の積極的な男らしい歌にしらずしらずのうちにひかれてしまったのではないだろうか。 これからはじまる恋の、予感めいたものをおぼろげながら感じとられるような構成となっているといえよう。

 その後、『右京大夫集』は約四十首の題詠歌が続き、61番歌で「契りとかやはのがれがたくて」というように、ようやく 恋愛がはじまったことを告白する。しかし、資盛の名は記してはいない。また、恋の初めの頃のときめきの ようなものも感じられない。さまざまに思い悩んだ歌が続く。初めは資盛の強引さからはじまった恋で あるようだが、いつのまにか右京大夫の方が夢中になってしまうと、資盛はつれない態度をとる。右京大夫は 冷静に資盛を慕い、冷静であるがために、かえって物思いばかりすることになるのだった。
それに続いて『右京大夫集』は、宮仕えでの殿上人との交流、資盛とのやりとりなどが描かれ、 131番歌あたりからもう一人、別の男性との交渉がはじまる。その男性の名も記されていはいないが、 藤原隆信であると定説化している。『隆信集』という私家集に、詞書の内容は若干異なるものの、右京大夫の 歌と共通のものが載っているのである。歌や詞書から恋愛関係にあったといわれているが、否定説もある。

中略

私も初めて読んだときは右京大夫の資盛への一貫したまっすぐな愛の記録に感動したので、資盛以外の 男の人との恋愛関係の記述を認めたくはなかった。が、だんだんと右京大夫にとって隆信は、資盛とも 他の公達とも違った特別な存在であったのではないかと思うようになった。

中略

しかし、当代随一の文化人であり色好みの年上の隆信と、殿下乗合で有名な平家の年下貴公子の資盛とでは、 愛のあり方も違ってくるはずである。一概に資盛との恋愛だけを本物だとは言えない。隆信とも恋愛関係であった と言えよう。
それは隆信の名も『右京大夫集』には一度も明記されていないからである。平重衡や平維盛とは冗談で 色めいたやりとりをしている。隆信はそういう立場の人でもなかったのだ。芸術家の娘として生まれ育った 右京大夫が、隆信のような人物にひかれても当然である。しかし右京大夫が本気でより深く愛したのは 資盛の方であった。本気で愛してもそれが報われないとき、別の愛にすがるよりほかないときもある。 しかし、その愛はあくまでも代償であって、結局は本当の愛を求めるのである。あの光源氏も 藤壺への愛の代償を他の女性に求めていた。右京大夫も本物の愛の対象は資盛で、代償の愛が隆信であったろう。だが、 代償の愛も愛する気持ちにはかわりはない。したがって、二人とも恋愛関係にあったといえよう。
さらに『右京大夫集』を読みすすめていくと、まもなく右京大夫は宮仕えをやめている。宮中から離れると 恋人資盛の訪れも絶えがちになる。右京大夫はひっそりとしたわびしい里ずまいをしているが、 『右京大夫集』は、母夕霧の追善供養、高倉院崩御の記事でもって、上巻を終わっている。


←卒論、目次に戻る 第二章、ニに進む→