ニ、下巻を貫く「さめやらぬ夢」 下巻は、資盛の都落ちの記事からはじまる。長い長い詞書がある。
平家をとりまく情勢が危なくなってきて、平家一門は安徳天皇をお連れして三種の神器を 持って西国へと逃れて行った。貴族社会で生きている右京大夫にとって、そのような立場は理解しがたいとは いえ、自分の頼みにしている人の身にせまった危機である。何が起こるかわからないからこそ漠然とした 不安にさぞかしおびえていたことだろう。「夢ともまぼろしともあはれともなにとも、すべていふべききはに なかりしかば」と表現している。それは資盛も同じだった。武士の家柄、しかも平家嫡流重盛の次男として 生まれた資盛は、平家の危機を十分感じていた。その危機にあって、自分の後世を託した相手は 右京大夫であった。資盛には正妻もいたし、右京大夫以外にも恋人がいても不思議はないが、生命の 危機に直面したとき、頼みにするのは、右京大夫の愛情だった。若い頃は右京大夫につれない態度を とったこともあった資盛であったが、帰る所はやはり右京大夫のもとだったのである。平家物語でも 都落ちに関しては、勅撰集入集を願った平忠度のこと、平維盛と妻子の別れなどさまざまなドラマが 語られる。それらに匹敵するくらい、資盛と右京大夫の別れも情緒あふれる悲しみのドラマだった。資盛の都落ちのあと、
と、記している。これが右京大夫の後半生だった。右京大夫は、「まことにこの世のほかにきゝはてにし」 と表現し、資盛の死を告げる。そして、悲痛の歌が続く。資盛が後世を弔ってくれと言い残していったその 言葉にしたがって、追善供養をしながら、悲しみのうちに静かに日々をすごしていた。
人にも物もいはれず、つくづくと思ひつづけて、胸にもあまれば、仏にむかひたてまつりて、泣きくらす ほかの事なし。されど、げに命はかぎりあるのみにあらず、さまかふる事だにも心にまかせで、ひとりは しりいでなんとは、えせぬままに、さてあらるゝが、心うくて 二七一番から三ニ一番歌までは七夕の歌が延々と続く。七夕は一年に一度、牽牛星と織女星の恋人同士が 逢瀬を楽しむ日である。資盛を失った右京大夫にとっては、一年に一度でも逢うことのできる織女星がうらやましく 思えたことであろう。
その後、再出仕の記事が載っている。それは望んだものではなかった。何かの事情によって再出仕する ことになったのであるが、昔からかわらぬ宮中にあって、親しく交わした平家の人々の姿がない。昔の 貴族の公達は年を経て重々しい位についている。そのような宮中にあっても思うのは資盛のことであり、 偶然昔の資盛の文書をみつけてしまったときなど、悲しさがこみあがてくるのだった。
そして、藤原俊成や藤原範光との交流が描かれ、最後に藤原定家との贈答歌をもって『右京大夫集』は 完結している。下巻にはもはや隆信との恋愛はみられない。下巻を一貫しているものは、資盛への一途な愛である。 それを右京大夫は「さめやらぬ夢」と言い表した。
中略 つまり、『右京大夫集』の本当の目的は、やはり資盛のことを綴ることだったのである。資盛を 「戦」という「ためしなき別れ」によって永遠に失ったとき、資盛は右京大夫にとってただ一人の 生涯の恋人になり得た。そして、亡き資盛のことをいつまでも愛し続けることが右京大夫の生き方 なのであった。
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