【源氏について】子供の頃、NHKの大河ドラマが好きでよく見ていた。 中でも好きだったのが、「草燃える」だった。 これは、永井路子さんの「北条政子」をドラマ化したもので、 岩下志麻さんの政子、石坂浩二さんの頼朝、 国広富之さんの義経、友里千賀子さんの静御前など、はまり役で、 いまだに、歴史上の人物のイメージが この配役とだぶるほどである。 (「横浜の放送ライブラリー」という所で、現在でも、 このドラマの総集編を見ることができる。) そして、ドラマの影響から、長い間、平氏よりも 源氏の方が好きだったのである。【建礼門院右京大夫がきっかけ】
「月をこそ眺めなれしか星の夜の深きあわれを今宵知りぬる」
高校の頃の教科書に載っていたこの歌が、彼女との最初の出会いだった。 数ある名歌が並ぶ中で、この歌のしっとりとした美しさが どうしても忘れられず、いつのまにか、彼女について、いろいろ調べていく うちに、すっかり魅せられてしまったようである。 もともと、高校の頃は古典が好きで、古典の勉強ばかりしていた。 平安公達が好きで、「伊勢物語」の在原業平や和泉式部の 恋人の敦道親王なんかにも憧れたけど、彼女のことを知ってからは、 平家に興味がわいてきた。 平家は美形揃いといわれていて、貴族としての優雅さと武士としてのたくましさ を兼ね備えた平家の若者は、私の理想だったのかもしれない。【平維盛】
美形揃いの平家の中でもたぐいまれな美貌で知られる平維盛。宮中では光源氏 と称されたほどの貴公子が、清盛の長男重盛の長男という平家嫡子であったが為に、 父重盛の亡き後は戦の大将として何度も出兵させられる。だが、 この美しい貴公子が武にたけているわけがなく、度重なる失態と負け戦に追いつめられ、 やがて、一族から脱して出家し、自ら那智の沖に沈んでいく。 「平家物語」の維盛の都落ちで、涙を誘う、妻子との別れ。この維盛の美しい妻も、 悲劇の女性であった。後白河法皇の近臣藤原成親の娘だが、この父が、法皇と共に平家打倒の謀議 に加わりそれが露見されると備前に流され、やがては殺されてしまう。父を愛する夫の一族に 殺され、また、最愛の夫との永遠の別れをもたらした、この世 を、彼女はどのように 受け止めていただろうか・・・ このふたりの悲恋を小説に仕立ててみたいなって思ったのが、このHPを 作るきっかけでもある。【系図】
系図をみているとおもしろい。通常、男性の名前は記載されているが、 女性の名前はよっぽど身分が高くない限りは、省略されているのである。 また当時は、女房名も近親者の官職名で呼ばれていた。 だから、「○○妻」とか「○○妾」などと書いてあるのをみると どんな事情があったのだろうかと、想像力が膨らんでいくのである。【平氏にあらざるは人にあらず】
この言葉をのたまったのは、平時忠である。この人物は、清盛の妻、 平時子の兄でもあり、また、後白河法皇の女御、建春門院の兄でもある。 自らの実力によって地位を築きあげた清盛の台詞ならともかく、 たまたま二人の妹達の婚姻によって、外戚として地位を手にした男の発言だったとは・・・ ちょっと、意外である。【建春門院滋子】
滋子は時子の年の離れた妹であった。平氏が力をつけていくのは清盛の実力でもあるけれど、 藤原氏のように後宮に娘を入れる事も重要であった。清盛も娘の徳子を高倉帝 に 入内させている。私は、滋子も清盛らによって、後白河上皇に入内させたのかと思っていたんだけど、 実際は、宮中に出仕した女房だったのを、後白河上皇が見初めて、それが、たまたま時子の 妹だったのである。この美しい女院によって、宮中もたいそう華やぐ。だが、あまりにも、 若すぎる女院の崩御・・・これにより、法皇と清盛の中をとりもつ者がいなくなってしまったのであった。【慈悲深き方々の死】
建春門院をはじめ、平家にとって大切な方々が、早くお亡くなりになった。後白河法皇と建春門院の 御子の高倉天皇もまた、慈悲深き御方だった。法皇の院政と清盛の摂政でほとんど実権のないままの 名ばかりの天皇ではあったが、法皇と清盛にはさまれて、いろいろお悩みになることも多かったようである。 また、清盛は、嫡男重盛も、病で亡くすことになる。重盛は、平家物語でも徳のある理想の人として 描かれている(多少虚構あり)。清盛の嘆きは相当のものと思われるが、 正妻時子が嫁ぐ前の亡き先妻との間にできた長男だったから、時子はどう思っていたろうか・・・。 そして、清盛自身も、世の中が騒がしくなってきて、事の顛末を見届けないまま、病死してしまうのである。【人質を生かす平家、弟を殺す源氏】
平治の乱で、清盛に敗れ討死にした源義朝。その長男、頼朝は、忠盛の妻池禅尼が、亡き我が子に似ているというので、 必死の命乞いをして、斬られずに、伊豆に流されることとなった。この時、斬られていれば、 源氏の台頭はなっかったろうと思われる。源氏の末流は各地に広まっていても、統率できる人物は他に いたとは思えない。頼朝は、自分の命を救ってくれた、平家を滅ぼすこととなるのである。 が、池禅尼の子、頼盛はさすがに、頼朝の敵とはならなかった。一門の都落ちにもついていかず、 京にとどまったのである。そして、源平合戦を勝利した弟の義経の力をおそれて、義経を殺してしまうのである。 一門の結束高いと称えられた平氏とは、大違いの源氏であった。【後白河法皇】
義経も殺してしまった頼朝は、娘の大姫を後白河法皇に入内させようとする。 が、結局はかなわなかった。なぜ、源氏までもが外戚にこだわるのだろうか。それだけ、 後白河法皇の力が強いということだろうか。即位も遅く、忘れられた宮様として、 好きな今様に明け暮れていたのに、一度帝位につくと、手腕を発揮することとなった後白河法皇。 平氏も源氏もこの「大天狗」に翻弄されてきたのである。この天皇の一生を調べるのもおもしろそうである。
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