10.17【トップ変更】トップを少し変更した。これは、Yahoo対策でもある(苦笑)10.17【維盛伝説】
コメントの「建礼門院右京大夫集」の「大夫」を「太夫」と間違えられて、 変更願を出してもいっこうに直してもらえないので。さて、これからの、予定なんだけど。
「胡蝶舞う」の執筆の方を、今どうしようか考え中。 引越しのどさくさに紛れて、構想メモを紛失してしまったのも原因なんだけど。 せっかく妊娠したので、出産シーンも書いてみたいっていうのもあって。 なかなか体験できることじゃないし。(でも、帝王切開だったら意味ないし・・・)あと、「平家暦」を作ってみようかなって思っている。 「今日は何の日?」の平家版みたいな感じかな。 このHPを作ろうと思ったきっかけが、平家関連の小説を読んでた日がたまたま壇ノ浦の日だった っていう偶然もあったから、おもしろいかなって思って。
今年の夏、高校の頃の親友と共に、彼女の故郷でもある静岡県富士郡芝川町を訪れ、 「維盛伝説」を調べてみようと企画してたのだけど・・・例のように体調不良の為、 行けなかった。10.17【七夕恋歌】
とりあえず、「想い」だけは綴ってみたけれど・・・。
これから、実家のある静岡方面へちょくちょく帰る機会も増えそうなので、 そのうち、実現できる・・・かな?(^^;七夕というように、これは7月にUPするつもりで書いてきたものである。 実は、すでにUPもしてたんだけど、表紙を変更できるほどの体力気力がなく、 結局、時期外れの10月公開となった。10.吉日【7〜9月はお休み】
建礼門院右京大夫集における七夕歌については、いろいろ調べてみたいこともあるので、 毎年の七夕企画として、発表できたらいいなって思っている。
とりあえず、今回は歌の紹介にとどめておく。6月の終わり、妊娠していることがわかった。
「胡蝶舞う」で、優子が妊娠するシーンを2度も書いていた頃、 自分自身の身にも・・・ちょっと不思議である。
そして、そのまま重度の「つわり」に(;_;)
詳しくは書かないけど、とてもネットどころではなく、生きているのが やっとの状態だった。
(これって、経験しないとわかんないだろうな・・・)
一ケ月位で治るだろうと思っていたがいっこうに治らず・・・不本意ながら、 このHPも開店休業中となった。
なんと、いまだにまだ、つわりの不快さに悩まされる日々なんだけど。
それでも、HP更新できる位には回復しているので、細々とではあるが、 復活したいと思っている。
6.24【Yahoo変更(^^;】先日から依頼しておいたYahooのコメント変更。「建礼門院右京大夫集」で検索できるように頼んでおいた。 で、変更しましたというメールが来たので確認したけど、どうしても、「建礼門院右京大夫集」ででてこない。 なんで?って思ってると、なんと、コメントのところが、「建礼門院右京太夫」となっているではないの!(^^;;;平氏系図、改修した。また、パワーポイントで作ってみたので、前よりはきれいになったと思う。 系図は自分の覚え書きみたいな感じでのせてるんだけど、Yahooのコメントに書いてあるし。 なんか、Yahooに合わせて内容作ってる感じだけど、しょうがないよね。Yahooの方が、的はずれな コメントのせちゃうから。ちなみに、「平家物語」では検索できない。カテゴリからならいけるけど。
6.20【胡蝶舞う 巻十一&十二 】今回は、同時UPになった。もともと、一つにまとめるつもりだったんだけど、十二の方がやたらと長くなりすぎて、 2巻にわける事になった。それでも、十分長いけど。
今回は、資盛が登場している(^^)右京大夫の和歌も『建礼門院右京大夫集』に実際に贈答されている 歌を使っている。今回は、維盛北の方の「意志」というものを綴りたくて一人称で書いてしまっているので、 周辺人物を描くのには苦労している。つまり、維盛北の方が直接登場しない部分を書けないということ。 維盛と右京大夫の歌の贈答とかもなんとか折り込みたいと思ったけど、入らなかった。まさか、維盛北の方が 維盛宛ての文を盗み読んでしまう・・・だなんて設定にはしたくないし。
これからは、いよいよ史実が多く出てくるので、ちょっと難しくなるけど、楽しみである。
6.14【イラスト】表紙のオリジナルキャラ、クイズのGIFアニメに続いて、「平維盛」イメージ像と、「胡蝶舞う」 のイメージ像が完成した。維盛は、桜梅少将で笛の名手っていうのをイメージしている。 桜吹雪がいいね。「胡蝶舞う」も、手をとりあっている姿が恋物語って感じでロマンあるんだよね。 蝶も素敵だし。やっぱり、プロの人は違うなぁと思った。
6.11【系図】「胡蝶舞う」の登場人物系図ができあがった。あまりの複雑な人間関係。昔はそれだけ、 世界がせまかったのかな。結局それを、一枚にまとめるのは不可能なので、とりあえず、 今のところ関係ある部分だけとりあげた。まあ、よくよく見ると先の展開がわかってしまうっていうのもあるんだけど(^^;
系図の表現方法をずっと考えてたんだけど、ためしにパワーポイントで作ってみた。一応、色分けもして。 html保存という項目があったので使ってみたら、なんと、ファイルを画像ファイルとして 保存ができたのである。これを、メモ帳で書いたファイルにはりつけて、できあがり。この方法は 案外GOODかもしれない。
オフィスは、私のようにメモ帳タグ打ちで作っている人にはいいかもしれないね。 タグ打ちといっても、実際はコピー貼り付け作業だから。表なんかでもエクセルでhtml保存しておいて、 あとで、ソースから必要な所をコピーしてメモ帳にはりつけて細かい所を直してく方法が、 使いやすいのである。最初から、ホームページビルダーなんかのソフトを使えばいいんだろうけど。 メモ帳でhtml保存して、IEで更新を押して開く時の瞬間がなんともいえないのよねぇ。 あの、間違った時の、恐怖とか(笑)
6.4【建礼門院右京大夫】「建礼門院右京大夫集」をもっと重点的に扱うことにして、トップのレイアウトを変更した。 これは、Yahoo対策でもある(^^;「建礼門院右京大夫」を検索エンジンで調べてたら、名古屋の某カルチャーセンターでの講座を発見。 ネット友達からも聞いていたけど、名古屋だから通えないなって思ってた。でも、講座は2日間だけ・・・ たった2日間なら、通えない事もない。行きたい。。。今まですべて独学だったから、 教授の話が聞けるなんて夢のようである。とりあえず、会社の休みをとらないと。
6.1【オリジナルキャラ U】オリジナルキャラでGIFアニメを作ってもらった。最初にリクエストしたのが、蹴鞠をやっている公達くん。 なんと、ボールはサッカーボール。蹴鞠部=サッカー部、かわいいでしょ(^^)。で、お姫さまの方も、 いっそのこと、チアガールにしちゃえ〜って思って、オレンジメガホンを持たせてもらった。 思った以上にかわいくって、すっかり気に入った。掲示板にのせようかとも思ったけど、レンタルなので、 細かい設定がうまくいかないようなので、クイズの方にのせてみた。くいずがなぜか、一番、読まれている ようだし。「胡蝶舞う」巻九をUPした。人物の呼称が複雑になってきたから、やはり、系図は必要かもしれない。
5.30【オリジナルキャラ】最近お知り合いになった人がイラストレーターでオリジナルキャラを描いて販売しているというので、 お願いする事にした。それが、トップの公達とお姫さま。あとGIFアニメもお願いしている。 やっぱり、私が描いた図形を組み合わせた絵とは比べられないくらい、かわいらしくて、すっかり気にいって しまった。先日申し込んでおいたYahoo! JAPAN に登録完了とのメールが来ていて、見てみたら、説明文が、なんだか 的外れでがっかり。年表とか系図とかは、どうでもいい付録なのに。「平家物語」とはいうものの、 「建礼門院右京大夫集」にも力を入れてるつもりなんだけど(^^; もう少し充実させてから変更依頼でも出そうかな。
「平家公達草紙」は誤訳がみつかったので、しばらく休止にした。ネットで公開する以上、いいかげんな訳では いけないと思うので。もっと時間をかけて、充実させて、公開したいと思う。(今はちょっと、余裕がないから。)
「胡蝶舞う」は、1週間に1巻のペースでUPできればいいと思っていたんだけど。今回は、ちょっと遅れている。 今後は、隔週発表になりそうだなぁ。
5.21【公達くん】「胡蝶舞う」巻八をUPしました。 UPする前に、ネットにつないだ状態で読んでいたら、修正したはずの所が修正できていなかった・・・? そう、いろんなパソコンで書いてるので、ファイルの上書きがうまくいっていなかったようである。 つまり古いバージョンのままFTPしてたってこと(^^: プリントアウトして確認したから、 もう、間違いはないと思うけど。5.10【寂光院炎上】トップページに、「初代、公達くん」が登場しています。これは、なんと、Windowsアクセサリの ペイントで描きました。絵心のないわたしにも、それらしいのが描けたのでうれしいです。お姫さまも 描いて右側に置きたいんだけど、さすがに、それは難しい・・・しばらくそのままです。 公達とお姫さまのオリジナルキャラが欲しいのです。誰かに描いてもらおうかなっていうのも、 考えているところ・・・
寂光院が放火というのをインターネットの某掲示板で知った。ショックで、言葉にならなかった。ひどい、ひどすぎる。なぜ・・・よりによって寂光院が。こういう言い方は悪いけど、もし、金閣寺や東大寺だったらこれほどは悲しくなかったと思う。建礼門院が余生を送り、右京大夫が訪れた地。あの後白河法皇も涙した所・・・建礼門院の像も・・・阿波内侍の像も・・・確か、安徳天皇の衣をはおっていたはず。あれも、すべて燃えてしまったとは・・・ 京都は第二次世界大戦の戦禍も免れた地である。京都の人が「この間の戦争」というと、応仁の乱をさすというのを聞いたことがある。そうやって、みんなで守ってきたものを、一瞬のうちに灰にしてしまうなんて・・・歴史を後世に残していくというこの国に生きていく上での責任があるはずである。そうして、何年、何十年、何百年と伝わってきたのである。そして、それは、何千年後まで続いていかなければならないことなのに。日本の文化は、木の文化である。「木」を維持するという事はとても難しい事である。世界遺産の場合でも、ほとんどの国が石の文化に対し、日本は木の文化なのである。石はほとんどそのまま維持できる。でも、木は手を加えなければならない。人によって守るべきものが、人によって燃やされたとは・・・石でできていたら、放火しようなんてバカはいない。木の文化の大切さを改めて感じた。 午前2時頃に発見されたという。あのせまい山道に消防車が21台も。でも、わたしたちは、貴重なものを失ってしまった。男2人組も目撃されている。もし犯人だとしたら、絶対に捕まえて欲しい。動機を知りたい。どうして寂光院をねらったのか・・・絶対、許せることではないけど。日本の法律では、放火はどのように裁くのだろうか。殺人と同罪だと思う。5.8【建礼門院右京大夫集の虚実】
できたら、寂光院を偲ぶコーナーを作りたい・・・建礼門院右京大夫集を読んでいて一番注意するべきことは、リアルタイムで書かれてはいないということでは ないだろうか。その時々で書き留めていたものを、後で読み返した時、意図的に修正や加筆を加えて現存する 形となったのである。だから、記事が前後するのは当然として、いつ書かれたかを常に考えないとならない。 そして、考えてもわからないことが多いのだけど・・・
今回は、維盛に関することのみピックアップしているが、それだけでも不明な点が多い。順序はさらに、 私なりにまとめてしまってあるけど。
一番気になったのは、維盛と恋人との関係を思って歌を送る部分である。詞書より、相手は中宮の上臈女房と される。この女性は、果たして、ほんとうに維盛の北の方の藤原成親女であろうか?北の方は 建春門院新大納言君と呼ばれ、建春門院に仕えたのである。中宮の上臈女房にはあてはまらないのである。 右京大夫は維盛北の方とは親しくしていたようで、北の方との贈答の記事も2件でてくる。そちらでは、 「維盛のうへ」とはっきり書かれているのである。それなのに、この段だけが思わせぶりな書き方をしている。 また、北の方の方は「建春門院中納言日記」より「12、3歳より2、3年仕えた」とあり、維盛との間に13歳位で 長男の六代を産んでいることから、右京大夫の宮仕えの始まる頃には、北の方の方は 女院の許を退出していたのではないかと思う。この段で右京大夫は、わたしの恋人の資盛の兄である維盛と 述べているから、資盛との関係がはじまった後のできごとだとすると、維盛と北の方の間にはすでに 長男の他にも夜叉御前という長女も産まれている。このふたりのことを思いやっていたのなら、このような書き方とは 別になるのではないだろうか。
だとしたら、この維盛の相手は、はたして・・・?
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