| 名 前 |
生年 |
没年 |
説 明 |
備 考 |
| 安徳天皇
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1178
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1185 |
高倉天皇、建礼門院の第一皇子。
1180年即位するが、平家都落ちと
共にし、
やがて壇の浦での敗戦で、二位尼に抱かれて入水する。
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建礼門院 右京大夫
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父は源氏物語伊勢物語などの研究家で書家の
藤原伊行、母は楽の家柄の夕霧。
中宮徳子の
元に宮仕えし、資盛と恋愛に陥る。また、藤原隆信
とも親しかった。
「建礼門院右京大夫集」を残す。
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| 小宰相
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上西門院の女房であった頃、宮中一の美人と
誉れ高く、平通盛に見初められる。
都落ちでも
通盛を追い、やがて、通盛が討死すると、身重
の体で入水する。
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| 後白河上皇
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1127 |
1192 |
鳥羽天皇の第四皇子。十代から
今様に造詣深く、帝位とjは無縁に過ごして
いたが、いったん帝位につくと、3年で譲位し
以後、34年院政をとり、源平の
力を抑えようと
する。上皇の死をもって、
鎌倉幕府、武士社会の幕開け
と
なる
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| 白河上皇
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1053 |
1129 |
後三条天皇の第一皇子。在位14年で
帝位を譲位して上皇となり
初めて院政を
はじめ、43年間支配した。
出家して法皇となる。
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| 高倉天皇
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1161 |
1181 |
後白河天皇、建春門院の皇子。7歳で即位、
在位14年で譲位するが、
父後白河上皇の
院政下では実権はなかった。平家物語では
慈悲深い逸話が
残る。
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| 藤原隆信
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1142 |
1205 |
藤原定家の異父兄。似せ絵の大家。
有名な「重盛像」「頼朝像」の作者。
歌人としても有名。建礼門院右京大夫とも
関係があった。
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| 藤原隆房
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1148 |
1209 |
冷泉隆房とも。平清盛四女を妻とする。高倉天皇
の寵愛を受けた小督とも
恋愛関係にあった。
家集「隆房集(艶詞)」が残る。
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| 藤原成親
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1138 |
1177 |
後白河上皇の近臣。平治の
乱に敗れるものの、復官する。
妹が重盛の北の方、
娘も
維盛北の方であるが、平氏
討伐を企てた鹿谷の謀議発覚で
備前へ流罪となる。
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| 藤原基通
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1160 |
1233 |
近衛基通とも。清盛娘を妻とする。平家の都落
ちにいったん、京を離れるが
途中引き返して京に
戻る。
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