Welcome,little baby!

2001年、2月に赤ちゃんが生まれました。
(出産日記)


2月16日、39週に入った朝、「おしるし」に気づいた。13日の健診の時には まだまだとのことで、たぶん予定日すぎるだろうなって思ってたんだけど。(結果として 最後の健診となる。 もう、いつ陣痛がはじまってもおかしくない。一応、母に電話しておいた。それでも、あと2、3日位は かかるかなってのんびり考えてた。
午前中は、 洗濯したり、家計簿つけたり、CDのダビングしたりしてすごした。ダンナも休みだったので、午後は 外出した。支払いとか、衣料品やスーパーへ買い物。毎日ウォーキングをかねてスーパーへ買い物に行くのが日課になってたけど、 これからは外出は控えようと思い少し多めに買い込んだ。

夜11時ごろ、寝る支度をしていたら、気持ち悪くなって吐いた。ずっとつわりが続いていてここのところ、 毎日1度は吐いていたので、またかって思う。このつわりから開放されるなら、早く産みたいとも思う。
その後、いつものように猫のぶちくんとふとんに入るが、なかなか眠れない。お腹がはるというか、頻繁に痛くなるようになっていた。 うとうとしたり起きたりを繰り返して、とうとう1:00すぎに起きあがる。一度止まっていた出血がまたあったし、寒気もする。 妊娠の本や雑誌の切り抜きをひっぱりだして、陣痛について読んだ。吐き気も寒気も陣痛の時の 症状にあらわれるらしい。約5分間隔の規則正しい痛み。 これって、ほんとうに陣痛なんだろうか。最初は10分間隔じゃないのかなぁ・・・?それに我慢できないってわけでもないし。 3:00すぎてもなおらないので、一応病院に電話することにした。

「陣痛かどうかわからないですが・・・」と状況を説明すると、「前駆陣痛かもしれないけど、規則正しい ようなので、入院の支度をしてきてください」とのことだった。そして、着替えて、忘れ物がないかもう一度確認し、 ぶちくんとお別れをして、ダンナの車で病院へ向かった。昼間は道路が混むので、 前から入院の時は深夜がいいなって思ってたのでよかった。車で10分、その間もお腹は痛くなるけど、 やはり、我慢できないくらい痛いってわけではなかった。

病院について、内診をしてもらうと、子宮口は1cm位開いているとのことだった。分娩監視装置(っていう名前だっけ?)でも、 やはり5分おきに規則正しくはるようで、このまま入院することになった。ダンナは、一度家に帰り、私は陣痛室へ案内された。

陣痛室には私の他に一人妊婦さんがいて、後からもう一人来た。それぞれベッドで休んでいるのだが、 他の人の呼吸法が聞こえてきたりして、落ちつかない。陣痛室に入る前まではお腹が痛かったんだけど、 だんだん腰(おしり)の方に激痛が。我慢できないくらいの痛みにひたすら耐えていた。助産婦さんが時々 様子を見に来てくれて、さすってくれてラクになるけど、ずっとついていてもらえるわけじゃないし。

朝食を出されたので食べたんだけど・・・。今度は、吐き気が。妊娠がわかってからずっと味わってきたあの食後の不快感。 陣痛室にまで来て、つわりとも戦おうとは思っていなかった。お茶も温かいものも飲めず、冷蔵庫の水を飲むだけだった。

相変わらず5分おきの陣痛で、その合間をみて、公衆電話へ。ダンナと母に電話する。母も午後には来てくれることになった。 11時の内診では、子宮口5cm。まだまだ先は長い。昼食を出されたけど、さすがに食べる気がしなくて、 冷たいアップルジュースを少し口にした。食後の内診でようやく子宮口8〜9cmになっていて、ようやく 分娩室へ移りましょうとのことだった。14:30頃になっていた。

おしりが痛くて痛くてたまらなかった。「いきむ」ということがよくわかっていなかったんだけど、なぜか「いきみたい」って 思う。でも、まだ我慢しなければならない。先生が分娩室に来て、「明るいうちに産もう」と言った。 市立総合病院なので先生は数人いる。健診も曜日によって先生が違ったから、まったく知らない先生もいて、 知らない先生だとイヤだなって思ったけど、知っている先生だったし、一番やさしくて人気の先生だったので それだけで、少しほっとした。

15:00すぎに、子宮口10cm全開となった。陣痛間隔は相変わらず5分おきなんだけど、「いきみOK」になった。 今度は、うまくいきめない。 声を出さず、あごをひいてまっすぐに力をこめるんだけど、なかなかふんばれない。1時間以上もやっていると 足もつってきて、助産婦さんがマッサージしてくれた。何も食べていないも同然だったので、疲れ果てていた。 お産は体力だってつくづく思った。先生に「逃げちゃだめだよ」って励まされた。助産婦さんが、おっぱいを マッサージして、刺激を与えてくれた。会陰切開の説明もされた。(出産の前は、考えただけでも痛そうで 恐かったけど、実際は何がなんだかわかんないうちに行われて、いつ麻酔したかもわかんなかったんだけど。) お腹をおして出すような話もしている。「あと○分で生まれるから」「あと○回いきめば生まれるから」って 先生がカウントダウンしてくれて、それを信じてなんとか全身を「いきむ」ことに集中させて・・・もうラストだって 思った時、聞こえてきたのは、小さなやさしげな赤ちゃんの泣き声だった。 時刻は16:48になっていた。
(結局、陣痛は微弱陣痛ではなかったものの、ほとんど5分おきで、それほど強くならなかったらしい。 破水というのもいつあったのかわからなかった。)

赤ちゃんを見せられたとき、涙があふれてきた。赤ちゃんは、出産前から言われていたように小さめで 先生や助産婦さんは、2500gあるかないかって話をしていた。でも、そんなことより、五体満足で生まれてくれれば ・・・ホントにそんな気持ちだった。そして赤ちゃんは助産婦さんに連れて行かれ、私も内診や切開やキズの手当て等 産後の処置がされていった。(出産の感慨で、あまり詳しく覚えていないんだけど)

それから車椅子に乗って、いよいよ赤ちゃんをこの手に抱いた。 ようやく、お腹の中でいつくしみ育んできた稜真に会えた。

稜真は、まっすぐ私の顔を見て・・・おだやかなやさしい顔で笑っていた。あまりにもかわいらしくて、 また涙があふれてきた。稜真は、ずっと私の顔を見ている。私がママだって、ちゃんとわかっているみたい。 それが何よりうれしかった。私は涙がこぼれて稜真の穢れなき笑顔をぬらさないように、そっと横を向いた。

そして、ダンナと母とも対面した。ダンナは稜真を抱かなかったけど、カメラ、ビデオ、デジカメ、ポラロイドと この瞬間をたくさん残していた。母は、ガラスドア越しでしか対面ができないのが残念そうだった。30分位、 幸せの余韻にひたり、母は帰っていった。そして、助産婦さんから、 体重が2382gだったということで、小児科入院扱いになるという説明を受けた。でも、 小さかったというだけでとても元気だったので、 保育器に入る必要もなく、今後、体重がちゃんと増加していけば普通に退院できるとのことだった。

出産の疲れが出てきたので、ダンナとも別れ、稜真も預け、陣痛室に戻り休んだ。お腹がペコペコだったので、 出された夕食を食べようと、一口、口にするが、すぐ気持ち悪くなり、吐き出してしまう。胃液まで吐きだし、 つわりがなおっていないのかと思いショックだった。もしかしたら、つわりじゃなくて、他の病気になってしまったのだろうか? 私の様子がおかしかったようで、若い助産婦さんが心配して、一生懸命、話を聞いて励ましてくれた。(その助産婦さんは、入院中も、 何かと話しかけてくれた。たまたま、同じエスパルスサポーターだってわかって、親近感がわいたし。)

しばらくすると、助産婦さんに連れられて、稜真が来た。初乳を飲ませましょうといわれ、ちゃんと 出るかな、ちゃんと飲めるかなってちょっとドキドキした。最初はうまく吸いつけないようで、乳首が口に合わないかなって 不安になったけど、だんだん慣れて、少しだけど飲んでくれてほっとした。

その後、夕食をもう一度食べてみた。ほんの少しだけど、今度は吐かずに食べれてよかった。でも、気持ち悪いのは続き、 のどがカラカラにかわいていて苦しかった。
(結局、翌朝にはつわりはなおっていて、朝食がおいしく食べれるように なっていた。入院中も食事時間が待ち遠しかった。母乳の為と思うと嫌いな物も残さず食べれた。そして、つわり中食べれなくなってしまった 大好物のチョコレートも食べれるようになってうれしかった。でも、シャワーを浴びた時、鏡に映った自分のブヨブヨの体を見てショックだったし、 足がパンパンにむくみはじめたので、食べ過ぎが原因?とも思った。体重は増えていなかったので 相変わらず食べ続けてたんだけど。)

4人部屋が明日にならないと空かないということで、今晩はこのまま陣痛室で休むように 言われた。が、やはり陣痛室は、いつお産の人が来るかわからないし、明るいので落ちつかない。出産が終わったばかりなのに、 他人の出産を見たくないっていう気持ちもあって、2人部屋なら空いているというのを聞いてそちらに移動させてもらう。 (部屋代が割高になるけど、この際、そんなことどうだっていい。) 深夜0時を前に、ようやく眠りにつく。(熟睡なんてできず、寝たり目が覚めたりの繰り返しだけど)

こうして、長い苦しみ大きな喜びを味わった一日が静かに終わった。

出産はまったく未知の体験で、あの痛みは実際に自分の身に起きてみないと表現できないものだった。 でも、痛み以上に感動的なもので、あの産声を聞いた時、何もかも忘れられた気がする。 2人目も産みたいなって思った。(でも、絶対に立会出産してダンナにマッサージしてもらおうと思う。) 陣痛って、すぐ終わるものだし、何かトラブルがあっても、それなりに対処してもらえる。 それに比べ、先の見えないつわりは、治療だってないし。赤ちゃんが無事育っているのか心配で心配で、 約8ケ月続いたつわりは精神的にもほんとうにつらかった・・・。 でも、結果として、初期の悪阻の為、体重が6キロ落ちたので、妊娠前よりも2キロ増加しただけだったし、 産後は妊娠前より2キロ減なのはやっぱりうれしい。 それというのも、稜真は人としてちゃんと育って生まれてきたから、思えることなんだけどね。

出産後は、今度は、会陰切開の後と、あっちこっちの筋肉痛で、歩いたり、座ったりするのがつらかった。 歩くときはおしりをおさえていたし、座るときはおしりを浮かせてすわっていた。4日目に抜糸をして、 その後シャワーを浴びたら、ようやく体がラクになってきた。

入院中は、母子同室が原則だった。稜真は体重が軽いのですぐには許可が出なかったけど、3日目から同室になり、 ずっとそばにいられるようになった。やはり、我が子はかわいい。 どんなにつらいことがあっても、稜真の顔を見れば頑張れる・・・そんな気がしていた。

私の小さな小さな天使、稜真くん
これから、大きく大きく育って欲しい・・・体も心もね。


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