Wedding・Scene

2000年2月吉日。妹の結婚式が行われました・・・


朝起きると、心配されていた雪は降っていなかった。それでも、雨は降っていて、なんだか、気分は憂鬱になる。でも、式は午後からなので、まだ時間があるので、やんでくれる事を願って、東京へと向かった。

ロマンスカーに乗りながら、いろんなことを思っていた。妹との想い出。6歳離れているから、一緒に暮らしていた期間は、たった12年。しかも、私が高3で、妹が小6まで。それでも、あたしが子供っぽかったのか、妹がませていたのか、仲はよかったと思う。あたしが東京へ来て6年後、妹も、東京へ来た。東京でも姉妹別々に暮らしていた。何年かほとんど会わないこともあったけど、それでも、あたしは妹のことが大好きだったし、たぶん、妹も・・・。先に東京を離れたのは、あたしだった。結婚する事になって、11年暮らした東京から離れた。妹は東京の人の元へと嫁ぐ事となったのである。

会場の椿山荘は、目白駅から少し離れた所にある。地下鉄だと江戸川橋のそばである。そこからバスももちろん通っているが、新宿からの練馬車庫行きのバスが便利である。日曜ならかえって道路がすいているので、25分位で椿山荘まで行けるのである。椿山荘へ着いても、まだ雨が降っていた。傘をさしながら、さっそく、表玄関の遠景をビデオカメラにおさめた。昔つきあっていた人がブライダルビデオカメラマンだったので、その影響でビデオカメラ撮影が趣味なのである。

ロビーに行くと、仏滅とはいえ、さすが椿山荘、10組近い結婚式があるようで、大変にぎわっていた。が、すぐ、母に会う事ができ、さっそく、控え室に行った。そこには、弟の家族が来ていた。父が地元から持ってきたレンタル衣装がモーニングではなかったということで、慌てて椿山荘の衣装室に借りに行っていた。弟の子供達も着替えていたんだけど、なんと、姪っこの着たドレスは、あたしが、七五三の7歳で着た衣装だった。七五三の時の事は写真があるからなんとか覚えているって感じで、その時に着たドレスなんて、一度も見たことがなかったので、感動しちゃった。姪っこも、すっかり気に入ってくれて喜んでくれたので、あたしまでうれしくなった。黒のシンプルなドレスにボレロがつくんだけど、大人っぽくって、なかなか今っぽいデザインである。さすが、いいものは、残るんだね。

あたしと母と弟の奥さんは着物にした。美容師さんに、雑誌を見せられて、どんな髪型がいいか聞かれた。前髪は前におろしたかったので、それは説明して、あとは、どうでもよかったんだけど。顔がまんまるのせいか、アップはなんか似合わない。成人式の時よりもふけたというより、まあるくなったって感じだし。着付けの方も、人手不足で時間がかかってしまって、ようやく終って控え室に戻ってみると、もう、妹は着替えて打ち合わせに行ってしまった後だった・・・せっかく、ビデオカメラで控え室の様子なんかも撮ろうと思っていたのに、残念。

式は、チャペルだった。椿山荘は、チャペルが2ケ所あるが、祭壇がガラス張りになっていて、その向こうには滝のある池があるというチャペルが気に入って、どうしてもそこで式をあげたいとのことで、チャペルにしたという。だから、どうしても晴れてもらいたかったんだけど、天気ばかりはしょうがない。これで、雪の降ったあととかでもまた、違った趣があったかもしれないけど、今日はずっと雨だった。入場シーンは、夫にビデオで撮っててもらったんだけど、新婦入場しても、夫が戻ってこない。どうやら、結婚式は撮影禁止なので、中に入れてもらえなかったらしい。入場だけ撮ったら、すぐ中に入ってくると思ってたんだけど。(後から聞くと、会場のビデオの関係で、ドアを開けて中に入る事ができず、ビデオが映らなくなってから中に入るよう言われたという。)バージンロードを歩く父と妹。あたしが神前だったので、父にとっても、はじめてのことである。そして、初めて見る妹のウェディング姿。思っていたとおり、きれいで初々しく感じられた。

相変わらず雨が降っていたので、庭で写真が撮れなかったのが残念である。それでも、新郎新婦は列席者と記念写真を撮るとのことだった。 親戚は、親族紹介を行うという事で、別の部屋に案内された。そこで、一列に並んで向き合って、それぞれの 父親が簡単に説明していく。うちの父は、あまり場慣れしていなのか、自分の兄弟の名前を忘れてしまっていた。 その後、写真室へ行って新郎新婦と合流して、親族写真を撮った。その後、ロビーへ行って、スナップ写真を何枚かとり控え室へと案内された。 式が終ってから、披露宴までは全部で1時間位間が開いていたのである。

あたしは、夫と一緒に一足先に披露宴会場へと行った。中に入れてもらえないかなって思ってたけど、 特に注意されることもなく、中に入れた。妹から頼まれていたウェルカムボードの花をとりつけて、 あと、ビデオを撮るために持参した三脚をセットした。三脚が小さすぎたので、台を借りて。 そうしている間に、時間が来て、係りの人に案内されて、出席者の人たちがエレベーターであがってきた。 そこから、ビデオ撮影開始である。
いよいよ新郎新婦の入場で、披露宴が開宴した。仲人をたてないので、司会者がふたりの紹介をする。 その後、新郎上司のスピーチ、新婦伯父のスピーチ、ケーキカットが続いた。あたしは、自分の席と高砂の正面の三脚の位置と 行ったり来たりしていた。妹の披露宴も個性的で、キャンドルサービスはやらなかった。お色直しでは、 ピンクのドレスで登場し、キャンドルの変わりに、チョコレートを配りながら各テーブルを回って記念写真を 撮っていくという形だった。また、最後の方にはデザートブッフェも行った。

微笑ましいのは、やはり、子供たちからの花束贈呈である。あたしの時は照れまくっていた甥っこと姪っこも、 あれから3年たって、大きな声でおめでとうが言えるようになっていた。その後、花嫁の手紙朗読へと続いた。 最初から、涙が止まらないようで、そばでビデオをまわしていたあたしも、思わずジーンとしてしまった。 そして、クライマックス両親への花束贈呈である。普段けして、涙を見せない父の涙のシーンは、あたしの時と同じであった。 ようやく娘二人を嫁がせた母親は何を思っていることだろう。新郎の父の挨拶で、披露宴も終宴となった・・・


写真は後日・・・UPできるかな?(妹が新婚旅行中の為)

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